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    カテゴリ:芸能関係 > 訃報


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    (出典 portal.st-img.jp)
    [ロサンゼルス 2日 ロイター] - 米人気SF映画「スター・ウォーズ」シリーズで、ハン・ソロの忠実な仲間の副操縦士チューバッカを演じた英俳優ピーター・メイヒュー氏が4月30日に米テキサス州の自宅で死去した。74歳だった。

    家族が5月2日明らかにした。死因は不明。

    身長2メートル24センチの長身のメイヒュー氏は、ロンドンで病院勤務中、地元紙に掲載された写真が映画製作者の目にとまり、俳優の道へ入った。同シリーズでは、1977年の第1作から5本に出演。毛むくじゃらの「ウーキー族」チューバッカの衣装を常に着ており、顔が出ることはなかった。

    健康上の理由から「フォースの覚醒」(2015年)を最後にこの役を引退したが、シリーズ最新作「最後のジェダイ」(17年)ではコンサルタントとして、後任のヨーナス・スオタモに演技を指導した。

    ソロ役のハリソン・フォードは「メイヒュー氏は親切で優しい人で、非常に威厳があり、高貴な性格だった」、「チューバッカは私たちが一緒に作った映画の成功の重要な部分を担った」とコメント。

    ジョージ・ルーカス監督は「ピーターは素晴らしい人だった。大きな心と優しい性格を持ち、ウーキー族に最も近い人間だった。良い友達だったし、亡くなって悲しい」とのコメントを発表した。


    米人気SF映画「スター・ウォーズ」シリーズで、ハン・ソロの忠実な仲間の副操縦士チューバッカを演じた英俳優ピーター・メイヒュー氏が4月30日に米テキサス州の自宅で死去した。74歳だった。2017年12月9日、ロサンゼルスで撮影(2019年 ロイター/Danny Moloshok)

    (出典 news.nicovideo.jp)

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    昭和の時代から続く人気シリーズを作り上げた巨星が死去しました。

    アニメや映画などでも大人気の「ルパン三世」シリーズの産みの親であるモンキー・パンチさんが死去したことが伝えられました。

    モンキー・パンチ(本名:加藤一彦)さんは4月11日に81歳で肺炎のため死去したとのことです。

    モンキー・パンチさんは1967年8月に「漫画アクション」で「ルパン三世」の連載を開始。人気となり1971年にはテレビアニメが放送開始となりました。その後もテレビシリーズや「ルパン三世 カリオストロの城」を含む多種多様な劇場版などが現在まで作り続けられています。

    また、モンキー・パンチさんは大手前大学教授、東京工科大学メディア学部客員教授でもあり、マンガのデジタル表現の研究のためのデジタルマンガ協会の発起人となって2012年まで会長を務めました。


     

    (出典 news.nicovideo.jp)


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    俳優の萩原健一(本名・萩原敬三)さんが3月26日午前10時30分、GIST(消化管間質腫瘍)のため都内の病院で死去したことが28日、分かった。68歳だった。

    「ショーケン」の愛称で親しまれた萩原さんは1967年、「ザ・テンプターズ」のボーカリストとして「忘れ得ぬ君」でデビュー。俳優デビューは、映画「約束」。助監督として参加したが、降板した俳優の代役として岸恵子の代役を務め上げて高評価を得た。

    人気を決定的なものにしたのは、ドラマ「太陽にほえろ!」の初代新人刑事・マカロニ役だ。その後もドラマ「傷だらけの天使」、映画「八つ墓村」「影武者」「誘拐報道」「恋文」「いつかギラギラする日」「居酒屋ゆうれい」「TAJOMARU」などに出演し、作品を彩った。
    死去した萩原健一さん



    (出典 news.nicovideo.jp)


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    故・樹木希林さんの夫でロック歌手の内田裕也さん(本名:内田雄也)が17日、肺炎のため都内の病院で亡くなった。79歳だった。

     1959年の日劇「ウェスタン・カーニバル」でデビューして以降、日本を代表するロック歌手として活躍した内田さん。俳優としても、『素晴らしい悪女』(1963)、『座頭市』(1989)、『共犯者』(1999)など、数多くの映画に出演。『魚からダイオキシン!!』(1992)や『エロティックな関係』(1992)では脚本も担当するなど、マルチな才能を発揮した。

     また内田さんは、昨年9月に亡くなった樹木さんと1973年に結婚。長年別居生活を送る独特な夫婦関係であったが、樹木さんが亡くなった際には、「最期は穏やかで綺麗な顔でした。啓子 今までありがとう。人を助け 人のために祈り 人に尽くしてきたので 天国に召されると思う。おつかれ様。安らかに眠ってください。見事な女性でした」とコメントを発表。最愛の妻の死から半年後に、後を追う形となった。

     内田さんの所属事務所は、「この数年、闘病の日々でした。それでもユーモア、ウィットを忘れず、時には世の中を憂い、怒り、常に自分の出来る事を模索しておりました。多くの友人知人、家族に支えられて、 Rock´n´Roll 人生を全うすることが出来ました事をここに心よりお礼申し上げます」とコメントを発表している。葬儀は、近親者のみの家族葬で執り行われ、後日お別れ会を予定しているという。(編集部・倉本拓弥)
    ご冥福をお祈りいたします。(写真は、昨年10月に撮影されたもの)

    (出典 news.nicovideo.jp)

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     女優の佐々木すみ江さん(本名:青木すみ江)が2月17日午後0時59分に肺炎のため死去した。20日、所属事務所が発表した。

    【写真】『花男』『花晴れ』にメイド頭のタマとして出演した佐々木すみ江さん

     佐々木さんは、2月17日午前11時、突然自宅で倒れ、都内の病院に緊急搬送されたが、午後0時59分に息をひきとった。密葬の儀は2月20日、近親者のみにて執り行われ、公式サイトでは「密葬後に皆様にお伝えしてほしいという故人の固い遺志によりご報告が遅れましたことをお詫び申し上げます。ここに生前のご厚誼を深謝し、謹んでご報告いたします」と伝えた。

     続けて「今年に入っても、1月17日、18日と映画の撮影で地方ロケに行くなど元気に仕事をしておりました。己に厳しく、90歳まで現役俳優として活躍出来たことは佐々木すみ江本人にとっても幸せな人生であったと思います。皆様も拍手で送っていただければ幸甚です」とメッセージ。

     「1982年より弊社所属となり、数々のドラマ、映画、舞台を共に歩んでこられたことは私たちにとってかけがえのない財産となりました。今後とも皆様のお心のうちに佐々木すみ江が生き続けることを願ってやみません」とし「既に撮影を終えて、これから上映される映画が4本控えております。情報公開されましたら随時ホームページでお知らせさせていただきます。どうぞ、今後とも宜しくお願いいたします」と呼びかけている。

     佐々木さんは、東京都出身。1951年、劇団民芸『その妹』(武者小路実篤作)で、初舞台を踏む。1971年同劇団退団まで数多くの舞台に出演。1955年『楡の木陰の欲望』にて第5回新劇演技賞受賞。1973年『移動』(別役実作)で第8回紀伊国屋演劇賞受賞。その後も舞台、テレビ、映画中心に活躍。円熟した演技と年齢を重ねてこその包容力と優しさでさまざまな役柄を演じ続けてきた。

    佐々木すみ江さん(2007年撮影) (C)ORICON NewS inc.

    (出典 news.nicovideo.jp)

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