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    カテゴリ:芸能関係 > アイドル


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    ジャニーズ事務所所属の錦戸亮(34)が、関ジャニ∞から脱退する意向を固めていることが、「週刊文春」の取材でわかった。

    「かねてから事務所と協議を進めており、すでに脱退の意思を表明しています。またジャニーズ事務所の退所に向けた話し合いも進んでおり、夏頃までに結論を出す予定です」(錦戸の知人)

     関ジャニから錦戸が抜けることになれば、2005年の未成年飲酒問題で脱退した内博貴(32)、昨年末の渋谷すばる(37)につづく3人目の脱退となる。

     今年1月末に活動休止を発表した嵐に代わり、関ジャニはジャニーズ事務所の屋台骨を支えていく存在と見られていた。関ジャニのメインボーカルであり、現在放映中の月9ドラマ「トレース~科捜研の男~」(フジテレビ系)で主役を務めるなど、グループきっての人気を誇る錦戸の脱退は大きな波紋を呼びそうだ。

     ジャニーズ事務所に対し錦戸の脱退について尋ねたが、期日までに回答はなかった。

     3月7日(木)発売の「週刊文春」では、関ジャニの存続をめぐる横山裕、村上信五ら他メンバーとの確執、ジャニーズ事務所との契約問題、ジャニーズでタレントの退所が相次ぐようになった背景などを詳報している。

    (「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年3月14日号)
    錦戸亮;時事通信社

    (出典 news.nicovideo.jp)

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     人気アイドルグループ・HKT48の指原莉乃が15日、都内で行われたHKTのコンサートで、突如グループからの卒業を発表したことを、各スポーツ紙が報じている。

     各紙によると、来年4月28日に神奈川・横浜スタジアムで卒業コンサートを行い、卒業後の5月28日にHKTの本拠地である福岡・マリンメッセ福岡で“大感謝祭”を開催。

     指原はアンコールで、「ここで報告があります。私、指原莉乃は…HKT48を卒業します。すごく考えた結果です」と泣きながら報告。

     コンサート後、指原はツイッターで「今日のHKT48のコンサートで、卒業発表をしました。突然でびっくりさせてしまってごめんなさい。平成のギリギリまでアイドルを全力で楽しみます!」と綴った。

     「すっかり乃木坂・欅坂の『坂道グループ』に勢いで圧倒され、48グループは“斜陽産業”になってしまった。ソロでのCMやテレビ番組でたっぷり稼いでいる指原だけに、もはや自分の時間を最優先にしてのんびり仕事をすることを決断したのだろう」(レコード会社関係者)

     もともと、指原は07年10月にAKB48の5期生研究生オーディションに合格し、08年3月に劇場デビュー。2012年5月にソロデビューし、同6月の選抜総選挙で4位に入るなど躍進したが、同月、「週刊文春」(文藝春秋)で過去の“交際”を相手の男性に告白され、その一件を機にHKT48へ完全移籍したが、移籍後、前人未到の総選挙3連覇を達成するなど大活躍中。

     そして、今回の卒業発表となったが、あるうわさが飛び交っているというのだ。

     「恋愛禁止が暗黙のルールの48グループだが、指原が“ガチ恋愛”しているのではといううわさが流れています。それを原因にはしたくなかったので、卒業発表を前倒しにしたのでは。いずれにせよ、今後、周辺がさわがしくなりそうです」(芸能記者)

     AKB卒業後、苦戦する主力メンバーは多いが、指原は現状からすれば卒業後も安泰に思われるが…。

    指原莉乃
    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 img.barks.jp)
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    80年代アイドル美女黄金白書
    第3回 森高千里

     懐かしのアイドルたちの魅力を再検証するこの連載。第3回は森高千里(49)を取り上げたい。

     2000年代以降、美脚やコスプレをを売りに活動しているアイドルも珍しくないが、元祖美脚&コスプレアイドルといえば、森高をおいて他にいない。

     スレスレのミニスカートから伸びる、スラリとした白い脚はもはや伝説となっている。

     その歌手デビューは87年。当初はボロボロのジーンズ上下を着て、パーカッションを叩きながら歌うという、ロックミュージシャン風のビジュアルだった。だが、この路線は多くのファンをつかむには至らなかった。

     その人気が爆発するのは、約2年後のことだ。88年11月、自らの作詞によるシングル『ザ・ストレス』で大幅路線変更を断行。エロチックなウェートレスのコスプレを披露するのだ。

     画期的な美脚&コスプレアイドルの誕生だった。

    「いまでは当たり前となっているアイドルのコスプレですが、当時は実に衝撃的でした。それにあの細くて肉づきのいい脚でしょ。ついつい視線が下半身にいってしまいましたね」(アイドル誌記者)

     10代の少女が社会のストレスを歌うという歌詞の斬新さも受け、一気に注目を浴びことになる。

     そして、決定打となるのが、次のシングル『17才』。往年のアイドル、南沙織のカバー曲である。

     この曲をまたもミニスカ衣装で歌い、世の美脚フェチたちの目を釘づけにした。メディア露出も一気に増え、中高生はもちろん、南沙織に熱狂した世代のオヤジたちまで「森高千里、いいじゃん」という認識を持つようになっていった。

     楽曲のユニークさ、洗練されたパフォーマンス、そして清潔感のあるお色気。これらを売り物に、森高は一躍トップアイドルの座を築いていく。

     88年にリリースしたビデオクリップ集のタイトルもインパクト大。そのものズバリ『見て』。

     それは、世の男性に対する、なんとも彼女らしい、ストレートな殺し文句だった。ありがたい美脚を拝めるこの作品が、バカ売れしたのはいうまでもない。

    「見られる快感を知っていたというか、自分の商品価値が分かっていた。セルフプロデュース力が見事でしたね。ですが、本人はいたって真面目な性格で、ビッチな印象がまったくない。だから、幅広い層に支持されたんでしょう」(音楽関係者)

     90年代に入ると、アイドルブームは終焉。多くの80年代アイドルたちが第一線から退いていった。だが、新曲をリリースするたびに、なんらかの話題を提供する森高人気は衰えず。ファンは、毎回彼女が披露する大胆なコスプレ衣装をなによりの楽しみにした。そして、『私がオバさんになっても』、『渡良瀬橋』などヒットを連発。その歌詞の世界は女性の共感も呼んだ。

     また、一方で数多くのCMにも出演。一時は、CMクイーン的な存在として君臨した。

    「エッチな雰囲気もあるのに、女性からも反感も買わない。こうしたタレントは珍しかった。広告代理店が彼女を放っておくわけがありません」(広告関係者)

     まさに人気絶頂。この時代の森高は「恋人にしたいアイドル」、「抱きたい女性タレント」などのランキングで上位の常連として君臨した。

     間違いなく「いい女、日本代表」の一人だった。

     ところが95年、ファンを悲しませる出来事が起こる。3歳年上の俳優・江口洋介との交際発覚である(99年に結婚)。人も羨むお似合いの美男美女カップル。ファンは涙を飲むしかなかった。

     99年末に産休に入ってからは、育児に専念するため歌手活動を休止。その後、子どもの成長に伴い、ステージにも本格復帰。歌番組の司会者としても活躍している。

    「美貌も体型も昔のまま。そこに人妻の色気が加わっています。クリーンなイメージもあり、キレイなママとしてCMや雑誌でも重宝されている。CMに出演している各企業の受けもいい」(前出音楽関係者)

     かつて、『私がおばさんになっても』と歌っていた森高。49歳は立派なおばさんだが、いい女っぷりは変わらず。

     50代を迎えても、これまで通りのパフォーマンスを期待したい。


    ※画像は森高千里のシングル『ザ・ストレス』より
    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 s.aolcdn.com)

    昨年10月、あるアイドルオーディションで衝撃の告白があった。「私、少年院出身です」――。そうカミングアウトしたのは戦慄かなの氏。件のオーディション「ミスiD」では、「サバイバル賞」を受賞。壮絶な幼少期、非行、少年院を経て、現在は大学に通いながら、アイドルとして活動している。さらに虐待を受けている子どもたちに向けた支援事業も開始。道なき道を切り開く19歳にこれまでの軌跡と自身の将来を聞いた。
     ――「少年院出身アイドル」として最近ではさまざまなメディアで取り上げられていますね。
     戦慄かなの(以下、戦慄):ありがとうございます(笑)。でも……本当は、「少年院出身」っていうのとアイドル活動は切り離したいと思っているんですよ。どうしてもセンセーショナルだから、その部分を切り取った紹介のされ方になっちゃうのもよくわかるんですけどね。
     ――「そういう個性のアイドルとしてやっていこう」と思ってのカミングアウトではなかったんですね。
     戦慄:そうなんです。アイドルのほかに、育児放棄や児童虐待への支援も行っていきたいと思っていたので、その活動のために少年院出身だと明かしました。もちろん「ミスiD」の最終面接では「少しでも爪痕を残したい」と思っていた部分はあるのですが、決して売名のためだったわけじゃないんです。それ以前は「のーぷらん。」というアイドルグループで活動していたのですが、少年院の話は隠していました。だって単純に全然かわいくないですよね、「少年院出身」って(笑)。私自身がもともとアイドルが好きなのもあって、やっぱりファンの方たちはそんなの求めてないだろうなって思うんです。
     ――AKBやハロプロのような、いわゆる正統派のアイドルに憧れて?
     戦慄:そうです。それに「虐待」や「少年院」「児童支援」といったキーワードがアイドルの活動と結びつくと、偽善とか売名っぽくてうさんくさくないですか? テレビの「アウトローな人特集」とかに呼ばれるのもありがたい半面、複雑です。私としては、切り離して両方とも真剣にやっているので、片手間にやっているようなものだと誤解されないようにしないとなって思っています。
     ――こうやってお話を伺っていると、少年院にいたという過去がなかなか想像できないです。
     戦慄:いやー、少年院に入ったばかりの頃はめちゃくちゃ反抗していましたよ! おかげでたいていの人が10か月くらいで出られるところを、私は2年近くかかりました(笑)。私がいたのは中等少年院なのですが、2年って中等少年院に入っている期間としてはほぼマックスなんです。
     ――そもそも何をして少年院に?
     戦慄:14歳の頃からだんだんと家に帰らないことが多くなり、歌舞伎町や秋葉原などをウロウロしていたら、次第によくない人とも交流が増え、犯罪が身近になっていました。いろいろあったんですが、お金を稼ぐ手段としていわゆるJKビジネスを個人で仕切るようなことをしていたこともありました。
     ――それは誰かに教えられて?
     戦慄:いえ、自分で考えました。
     ――商才が……と言っていいのかわからないですが、すごいですね。
     戦慄:あの頃はとにかくお金への執着が強かったんです。母と妹と3人暮らしだったのですが、何日もご飯をもらえないまま妹と放置されて。誰も頼る人がいなかったから、「このままお母さんが帰ってこなかったらどうしよう」ってうなされていました。そんな毎日だったから、お金さえあれば自立できると思い、次第にブラックなビジネスに手を出すようになってしまいました。
    ◆少年院で知った「居場所がある幸せ」
     ――少年院ではどのような生活を?
     戦慄:作文を書いたり、先生なりの何かメッセージのこもった映画のDVDを見せられたり。最初は嫌すぎて、課題をビリビリに破いてトイレに流して詰まらせたり、監視カメラに向かってサンダル投げて中指立てたり、ひどかったです(笑)。でも今思えば私、甘えたかっただけなんですよね。先生にかまってもらいたくてやっていたところがあります。
     ――ご家庭で甘えさせてもらえなかった分?
     戦慄:そうそう。少年院生活は辛かった一方で、どこか温かさも感じていました。「一生ここにいろ」と言われたらそれはそれでいいなって……。私に限らず、少年院に来るのって、社会や家庭の中で身の危険を感じて育ってきた子が多いから、ちゃんとご飯があって、先生が優しくて、勉強させてもらえて、本が読めてという当たり前のことが、なんだかすごく幸せに感じられたんです。
     
    ※7/31発売の週刊SPA!のインタビュー連載『エッジな人々』から一部抜粋したものです
    【戦慄かなの】
    ’98年、大阪府生まれ。「ミスiD2018」でサバイバル賞を受賞。現在は大学に通う傍らアイドルとしても活動。また、育児放棄・児童虐待への支援を行う「bae」を立ち上げるなど、自身の経験を生かして精力的に発信している。
     取材・文/朝井麻由美 撮影/尾藤能暢

    戦慄かなの/アイドル
    (出典 news.nicovideo.jp)

    若くして大変な人生を送ってますね…
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    (出典 pbs.twimg.com)
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